「損益分岐点」とは——会員何人で利益が出るか把握していますか
こんにちは。
フィットネス業界税理士のmaiです。
昨今、ジム経営者様とお話しする中で最も多く耳にするのが「費用の増大」という切実な悩みです。
光熱費や消耗品などの物価高騰に加え、人件費も高騰しています。
2店舗目くらいまでは感覚での経営でも問題なく利益が出ていたかもしれませんが、3店舗目、5店舗目と多店舗展開を見据えるフェーズにおいては、数字に基づく経営判断が不可欠となってきます。
そのための第一歩として、増加し続ける費用を支払い、スタッフにも十分な報酬を支払いながらも、会社として健全な利益を残し続けるための最低限必要な会員の人数を把握しておくと安心かもしれません。
今回は「損益分岐点」の考え方を基に「利益が出る会員数の計算方法」についてお話ししていきます。
そもそも「損益分岐点」とは何か。
損益分岐点とは、売上高と、それを得るためにかかった費用がちょうど等しくなり、利益が「ゼロ」になるポイントを指します。
これを1円でも下回れば赤字、上回れば黒字になります。
多店舗展開において損益分岐点を把握すべき最大の理由は、「経営の安全性を測るため」にあります。
物価の高騰に対応する、あるいはスタッフの給与を上げるといった意思決定は、すべて「固定費」の上昇を伴います。
この固定費の上昇が、損益分岐点をどれだけ押し上げ、それをカバーするために「あと何人の会員が必要になるのか」。
この「逆算の論理」がないまま拡大を急げば、気づいた時には会社存続が危なくなっていた、ということにもなりかねません。
「会員何人で利益が出るのか」を計算する4ステップ
フィットネスジムの場合、月額会費制や回数券制などプランは様々ですが、ここでは「月額会員制」をモデルに、最も実用的な「必要会員数」の出し方を解説します。
ステップ1:ジムの経費を「変動費」と「固定費」に分ける
損益分岐点を正しく計算するためには、ジムの経費を「変動費」と「固定費」に厳密に分類する必要があります。
変動費とは
売上の増減(会員数やセッション数)に比例して動く費用。
- サプリメントなどの物販仕入
- 業務委託トレーナーへのセッション報酬
- 店舗正社員トレーナーの基本給・社会保険料
固定費とは
売上の増減に関わらず発生する費用。
- 店舗家賃
- 水道光熱費の基本料金
- 広告宣伝費(月額のWeb運用費など)
- 本部社員の基本給・社会保険料
- マシンのリース料、保守点検費
注意していただきたいのが、フィットネス業界においては、正社員の給与=全額固定費ではないということです。
本部の正社員(経理や総務担当)の給与は固定費となりますが、店舗で働いている正社員トレーナーの給与は変動費となります。
セッション回数が増えれば(売上が増えれば)、残業代等で正社員トレーナーの給与も増えることから、売上に比例して動く費用と考えられ、変動費となるのです。
ここは複雑に考え始めてしまうと混乱する可能性もあるので、単純に本部社員給与=固定費、店舗トレーナー社員給与=変動費だと認識していただくだけで構いません。
ステップ2:会員1人あたりの「限界利益」を出す
まず、会員一人から得られる本当の利益(限界利益)を計算します。
限界利益とは
売上が1つ増えたときに増える利益。
計算式:客単価(会費) - 1人あたり変動費 = 限界利益
例えば、パーソナルジムで
- 1セッション:18,000円
- 1人あたりの変動費(業務委託トレーナー報酬や消耗品):8,000円
- 週1回(月4回)コース
であれば、限界利益は(18,000円-8,000円)×4回=40,000円です。
ステップ3:店舗全体の「固定費」を合計する
次に、その店舗を維持するために最低限必要な「固定費」を算出します。
- 家賃:30万円
- 正社員給与(社保込):75万円
- 業務委託トレーナー報酬:25万円
- 広告費:20万円
- その他(リース・システム・光熱費等):30万円
- 合計固定費:180万円
ステップ4:損益分岐点となる「会員数」を割り出す
最後に、固定費を一人あたりの限界利益で割ります。
計算式:固定費 ÷ 一人あたり限界利益 = 損益分岐点会員数
計算式:固定費 ÷ 一人あたり限界利益 = 損益分岐点会員数
上の例では、1,800,000円 ÷ 40,000円 = 45人 となります。
つまり、この店舗は「会員が45人」の時に利益がゼロになり、46人目からようやく1人につき40,000円の利益が積み上がる構造であることがわかります。
多店舗展開で「損益分岐点」が変動するリスク
多店舗展開を進める際、1店舗目の数値がそのまま2店舗目に当てはまるとは限りません。
むしろ、多くの場合で損益分岐点は「上昇」します。
1.採用コストと教育コストの増大
店舗が増えれば、現場を任せるための店長候補や社員を採用しなければなりません。
これらは「固定費」を大きく押し上げ、結果として損益分岐点となる会員数を45人から55人、65人へと引き上げてしまいます。
2.本部経費の発生
複数店舗を管理するための事務スタッフや、全店舗共通のシステム利用料など、店舗ごとの固定費とは別に「本部固定費」が発生します。
これを各店舗の利益で補填しなければならないため、実質的な必要会員数はさらに上乗せされます。
費用高騰の影響
人件費・家賃・物価の引き上げは、経営を圧迫するだけでなく、損益分岐点の位置を劇的に変えてしまいます。
具体的に「業務委託報酬の増額」と「家賃の上昇」が、どれほどの重みを持ってのしかかるのかを整理しましょう。
業務委託報酬の引き上げ(変動費の増加)
トレーナーを業務委託で契約している場合、その報酬は「1セッションにつき◯円」という変動費になります。優秀な人材を繋ぎ止めるために報酬単価を上げると、一人あたりの「限界利益」が直接削られることになります。
先ほどの例(1セッション料金18,000円、変動費8,000円、限界利益10,000円×月4回=40,000円)で、報酬単価を1セッションあたり1,500円引き上げたとしましょう。1セッションあたりの変動費は9,500円となり、限界利益は8,500円×月4回=34,000円まで低下します。
この場合、固定費180万円を賄うための必要会員数は 1,800,000 ÷ 34,000 ≒ 53人 となります。
当初の45人から、8人もの追加会員が必要になるのです。変動費の上昇は、売上が上がれば上がるほど利益の「取り分」を減らすため、多店舗展開における利益率の鈍化を招く非常に重い一撃となります。
家賃の上昇(固定費の増加)が与える重み
最近では人件費に加え、家賃の高騰も目立ちます。
例えば、家賃が月20万円アップして固定費が200万円になったとします。
このとき、一人あたりの限界利益が40,000円のままであれば、必要会員数は 2,000,000 ÷ 40,000 = 50人 となり、5人の追加会員が必要になります。
家賃のような固定費の増加は、「売上がゼロの日でも必ず発生する支払い」が増えるため、経営の心理的・資金的なプレッシャーは極めて大きくなります。
特に集客が不安定な立ち上げ初期において、この「5人の会員差」はキャッシュフローを大きく左右する重みを持ちます。
利益を確保するための「第3の選択肢」:値上げ
ここまで「会員数を何人増やすか」という視点でお話ししてきましたが、多店舗展開においてもう一つ忘れてはならない強力な選択肢があります。それが「料金の値上げ」です。
損益分岐点を引き下げるためには、固定費を削るか、会員数を増やすかだけでなく、「一人あたりの限界利益」そのものを大きくするというアプローチが極めて有効です。
例えば、1セッションあたりの料金を18,000円から20,000円に2,000円値上げしたとしましょう。変動費が変わらなければ、一人あたりの限界利益は40,000円から8,000円(値上げ2,000円×月4回)増加し、48,000円へとアップします。
この場合、固定費180万円を賄うための必要会員数は 1,800,000 ÷ 48,000 ≒37人 となります。
値上げ前は45人必要だった会員数が、37人で済むようになるのです。
この「8人の差」は現場のオペレーションに余裕を生み、スタッフのさらなる教育や、より質の高いサービス提供への投資に充てることが可能になります。
もちろん、単純な値上げは顧客離れのリスクを伴いますが、多店舗展開によってブランド力が高まり、サービスの付加価値が向上しているのであれば、値上げは「健全な利益を確保し、スタッフの待遇を改善する」ための最も合理的かつスピード感のある戦略となります。
会員数を追い求めるあまり現場が疲弊してしまう前に、「適正な価格設定」という視点からも損益分岐点を再計算してみてください。
最後に:数字の裏付けが「強い組織」を作る
「会員何人で利益が出るのか」 「報酬や家賃を上げるなら、何人の会員、あるいはいくらの単価が必要か」
この問いに即答できない状態での店舗拡大は、危険を伴います。
損益分岐点を把握することは、スタッフを苦しめるためではなく、むしろスタッフに高い報酬を支払い続け、高額な家賃を払いながらも、安心して働ける環境を守るために必要な「経営者の義務」です。
数値を可視化することで、「なぜこの目標数字が必要なのか」をスタッフに論理的に説明できるようになり、組織に健全な緊張感と一体感が生まれます。
多店舗展開という大きな挑戦を、確かな財務基盤の上で進めていきましょう。
貴方のジムの現在の決算書や試算表をもとに、「店舗別の損益分岐点分析」と「価格改定時の収支シミュレーション」を代行いたします。
「報酬を上げたいが、経営的にどこまでが許容範囲か分からない」「値上げを検討しているが、何人までなら退会が出ても利益を維持できるか知りたい」という方は、まずは現状の収支構造を正しく可視化することから始めませんか?
個別相談にて、貴社の成長フェーズに最適な財務戦略をご提案させていただきます。

